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25年後の磯野家

2008年09月15日 15:35

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江崎グリコCM 「25年後の磯野家」



これを見た波平なら、きっと「バカモーン」と一喝しているに違いない。いや、正確に言えば、
そうであってほしいと思う私の強い願望。

CMのコンセプトはその名の通り 「25年後の磯野家」らしいが、
見事な程に的外れなキャスティングと、ピンボケした設定。個々の演者だけを見れば、
話題性、認知度、支持力は抜群だが、その一方で食べごろな演者を短絡的に配役しているに過ぎないという印象もたぶんにある。「それがCMだよ」なんて言われれば、ココに記す事は無くなってしまうのだが・・・・。


「あくまで夢であって、想像だけでのモノ 決して叶えてはならないし、正解もない」


そもそも内容は度外視しても、「サザエさん」の本来あるべき姿は昭和40~50年の古き良き日本の家庭像。カツオは一生丸刈りの5年生でワカメもオカッパの3年生のまま。
四季は移り変わっても時が進む事はまずない。

カツオが反抗期を迎えるとすれば、それは私達の想像での出来事だし、

ワカメが初潮(初経)を迎えるのも、同類の事。

あえて成長しない背景にしたのは、不変的な日常を描く事によって、安心感を与えると同時に、「その後」における余白のページを作者が意図的に私たちに与えてくれたのではないかと私は思う。
観ている人間のそれぞれが「その後」を想像し、最も大事なのは頭の中だけで、その「夢」を具現化する事。
それを逸脱し、このCMの様にはっきりとした輪郭をもって世に流布すれば、その時点で「夢」ではなくなる。これ程寂しい事はない。


「二次元 → 三次元」

どうしても気になるのが、マンガから実写へのここ最近の当たり前となった風潮。
手間と時間だけをかけて不味い料理を作る新妻の様に、無駄だけが浮き彫りとなるケースが多い。そのうち、ほっとけば「ドラえもん」さえも実写化しそうな勢いがある現状に背筋が凍る思いだ。

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