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カッコーの巣の上で ‐ One flew over the cuckoo's nest -

2009年01月29日 18:00

One flew over the cuckoo's nest


物語りは、一人の男が詐病を装い、強制労働を免れるためオレゴン州立精神病院へ、病院は徹底した管理体制がしかれ、そんな体制に不満を抱いた男はそのルールに逆行、抵触し続ける。それでも変化のない病院の体制に男は脱走の計画を企てる・・・。

この作品も
TAXI DRIVERを見た時の様に胸をえぐる様に鷲掴みにされた映画で、もう何回観賞したかも定かでないほど見ている。
先日もテレビのザッピング中、偶然にもBSで放送していて、そのまま観賞・・・と、いうよりも感傷していた。

私の中では、彼もTAXI DRIVERのトラヴィス同様にアンチヒーローの様に見えて仕方がない。
そう思わせるのはきっとあの場所にいた患者全てが彼の愚直とも云えるほどの言動に、心から喜びを体現しているからだと感じたからだろう。

結末がバッドエンドと云われる事も多いが、巣からカッコーが巣立つ瞬間の彼らの目は人間の尊厳を手にした喜びと希望に満ちている。


余録・・・何故に「カッコーの巣の上で」というタイトルになったのか?

カッコーはホオジロやモズの巣に卵を産みいわゆる托卵によってヒナをホオジロやモズに育てさせる。カッコーのヒナがいる巣では、ホオジロなどがカッコーのヒナに餌を与え、ヒナも親だと思って餌を受け取る。居るべきはずではない場所にいてそれを疑わないヒナに、ある種の洗脳がなされている点は舞台となった病院と共通する部分がある。また自殺した患者は母へのトラウマを抱えており、母子関係の問題を提起しているし、病院で患者をケアしなければいけない婦長の冷たい態度も母性欠如の問題とカッコーの生態を対比させているようにも見える。 またカッコーの巣(cuckoo's nest)は、「精神病院」の蔑称のひとつである。 (wiki より引用)

   






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明日に向かって捨てろ!! / BOSE

2009年01月21日 00:00


         




ひと回りも歳の離れた私が云うのも恐縮だけど、ズバリ本質を見抜き、自分なりのカラーでそれらを表現する事が出来ている数少ないアーティストだと思う。
兎に角、彼のモノを見る角度や感覚が好きで、決して粗暴で押し付ける様な印象を与えずに、サラリと的を射抜く感覚が彼の音楽や本、ブログの随所に散りばめられている。

ブログを自分が始めるまでは、他人の日記なんか見てどうーすんのとか思ってた人間だけど、BOSE のブログは毎日チェックするのが日課になっていて、彼らしい屁理屈にならない解釈はすごく分かり易く、咀嚼された食べ物の様に喉につかえる事なく体に入っていく感じで・・・。実に消化しやすい。

同じラッパーでもモノを見る目が腐ってる人っているでしょ。リリックノートにデートの予定を書いてたり・・・。もう、まさにこの本読んでそのノートを 文字色『明日に向かって捨てろ』 って言ってあげたいよ。


『明日に向かって捨てろ』 ボーズの脱アーカイブ宣言 

特にお気に入りを抜粋 第11回『半端ムック』  第37回 『廃墟としての、馬』

Requiem for Dream / レクイエム フォー ドリーム

2009年01月13日 00:14


REQUIEM FOR  DREAM / レクイエム フォー ドリーム  2000年 アメリカ

覚醒剤抑止のプロパガンダになっているかは別として、終始 『依存』 と折り合う事のない世界を表現した映画である事は確か。

観賞後の救いようのない感覚は門外漢の人間にすら刺激的で、一筋も光が射す事もなく廃人へと堕ちる様を
ダーレン・アフロノスキー監督自ら 『 ヒップホップ・モンタージュ』 と名付けた手法で表現し、そこに音楽指揮を執るクリント・マンセルの緊迫感で張り裂けんばかりのトラックが上手く溶け合う事で中毒者の葛藤や情動を的確に表現する事に成功している。


          


               人間の三大欲求を一瞬で置き去りにする程の欲求を生む白い粉の威力。


母役のサラを演じるエレン・バースティン怪演は◎の一言。サラに関しては同情の余地もある。それ故に余りに痛々しくラストシーンの表情は秀逸の極み。<BR>       

西の国から ~ 2009 謹啓 ~

2009年01月05日 21:00


形式的な挨拶は省かせて戴いて、今年もどうぞ宜しくお願い致します。


新春に託けて新しい事を始める図々しさもチャレンジ精神もあるはずもなく、ただあるのは08年の未練のみ。

歩んだ道を振り返る勇気も、今ある場所から踵を返す強引さも、多少の犠牲を厭わない非情さも持ち合わせていない私にとっては09年も受難な年になる事必至の様です。


退屈で違和感ばかりの安定を選ぶか・・・・・、興奮で充実感ばかりの不安定を選ぶか・・・・。

自分に嘘をついて潔く前進するか・・・・・・・・、自分に正直に信じて後退するか・・・・・・・・・・。




今年は何となく彼女の唄を聴いていそうな気配です。揺れる情動をブレる事なく唄いきる人。


          


                         Cocco / 樹海の糸


                       



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